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キリストの受難 (メムリンク)

『キリストの受難』(キリストのじゅなん、伊: Passione di Cristo、英: Scenes from the Passion of Christ)は、ドイツ生まれの初期フランドル派の画家ハンス・メムリンクが1470年ごろ、バルト海地域産オーク上に油彩で制作した絵画である。本作は、メムリンク作品の重要な側面の1つである叙事的作品シリーズの最初となるものであり、イエス・キリストの生涯の23の逸話を1つの構図の中に示しているが、中心となる主要場面はない。19の逸話は「受難」と「復活」に関するもので、 3つの逸話はエマウスへの路上 とガリラヤ湖で復活したキリストがマグダラのマリアに顕現したことに関するものである。絵画は、ブルッヘに駐在していたイタリア人銀行家トンマーゾ・ポルティナーリにより委嘱されたもので、彼は画面下部左側で跪き、祈る寄進者の肖像として描かれている。彼の妻、マリア・バロンチェッリ (Maria Baroncelli) も画面下部右側で同様の姿勢で描かれている。

来歴 絵画は比較的小さく、縦56.7センチ、横92.2センチの大きさで、祭壇画ではなかったと思われる。ブルッヘの聖ヤコブ教会のポルティナーリ家礼拝堂のために意図されたものであったのかもしれない。1501年にトンマーゾ・ポルティナーリが亡くなった時、作品は彼の財産として記録されていないが、1510年から1520年の間にブルッヘからフィレンツェに移されたと考えられている。作品は1550年にコジモ1世のコレクションに最初に記録されており、後に教皇ピウス5世に寄贈されたが、やがてピウス5世の出身地ボスコ・マレンゴのドメニコ会系修道院の所蔵となった。1814年にヴィットーリオ・エマヌエーレ1世に取得され、現在はトリノのサバウダ美術館に所蔵されている。

作品 受難の場面は、遠景上部左側のキリストのエルサレム入城の日から始まる。次は、町を通過して下部左側のゲッセマネへと至り、町中央の受難場面 (ピラトの判決、キリストのむち打ち 、キリストの荊冠、エッケ・ホモ) が続いている。その後、町から十字架の行進が出、上部の磔刑へと続き、最後は遠景上部右側のエマウスとガリラヤ湖でのキリストの顕現で終わる。 十字架の道行きの伝統的な14の場面のうち7つが含まれ、その前後にいくつかの場面を加えているが、7つは省かれている。それらの場面とは、「十字架を渡されるキリスト」、「十字架を担って倒れるキリスト」の2場面、「母の聖母マリアに出会うキリスト」、「キリストの顔を拭う聖ヴェロニカ」、「エルサレムの娘たちに出会うキリスト」、そして「衣服を脱がされるキリスト」である。

すべての場面は、理想化されたエルサレムの内部と周囲に配置されており、エルサレムはドーム付きの塔をもつ異国情緒豊かで、壁に囲まれた中世的な都市として描かれている。高い鳥瞰図的な視点により、ゴルゴタの丘が都市の背後に見えるようになっている。作品を照らす光は画面全体に均一であるものの、右端の昇る朝日と関連性がある。朝日のため後景右側の部分は光の中にあり、朝日の斜め前にある前景左側の部分は陰になっている。

c. 1470
Oil on oak panel
56.7 x 92.2cm
Q2446983
画像とテキストは Wikipedia, 2023 から提供